東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7793号 判決 1966年10月18日
原告 望月一
右訴訟代理人弁護士 松原正交
被告 野川加宇郎
右訴訟代理人弁護士 小野孝徳
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一 原告が訴外伊藤俊之輔からその所有の東京都品川区二葉二丁目五五三番の三宅地一七三坪(五七一・九平方米)のうち西南の一角を除く一二五坪一合三勺(四一三・六五平方米)を普通建物所有の目的で賃借していること、被告が右賃借地のうちの西北角にあたる本件土地上に本件建物を所有し、本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
二 よって、被告の転貸借の抗弁について判断する。
(一) ≪証拠省略≫によると、つぎの事実が認められる。
1 原告の賃借地はもと原告の父訴外望月作平が訴外伊藤俊之輔から賃借していたものであり(以上当事者間に争いなし。)、被告は戦前から右地上に建てられた訴外望月作平の借家の一戸を賃借し、これに居住していた。
2 右借家は、昭和二〇年五月、戦災により焼失したので、被告は、その直後、その焼跡に本件建物を建築してこれに居住した。
3 被告は、本件建物の建築後、しばらくして、訴外望月作平から、本件建物の敷地として本件土地を含む二三坪(七六・〇三平方米)の土地を使用することについて事後承諾をえた。
4 被告は、昭和二〇年一二月、同年五月から同年一二月までの右二三坪(七六・〇三平方米)の土地の賃料として、一〇〇円を訴外望月作平方に持参して支払った。
5 被告は、その後も、毎年末、一年分の賃料を訴外望月作平方に持参支払っており、賃料は、順次増額されて、昭和三六年には年間二、〇〇〇円となっていた。
6 原告の賃借地の賃借権は、昭和二二年ころ、訴外伊藤俊之輔の承諾をえて原告の父訴外望月作平から原告に譲渡された(以上当事者間に争いなし。)が、右賃借権の譲渡は、訴外望月作平が一線を引退して原告が右訴外人に代わり右賃借地上で工場を経営することとなったことによるものであって、同訴外人と原告は右譲渡の前後を通じ、今日に至るまで同一の建物に居住しているので、原被告双方とも、右の譲渡が被告の二三坪の土地の使用関係に及ぼす影響については何らの考慮を払うことなく、右譲渡を問題としたことはなかった。したがって、前記賃料は、原告による右賃借権の譲受後も、その前と同じく、被告または被告の家人によって訴外望月作平および原告の居住する原告方へ持参して原告の家人に支払われており、原告はこれについてとくに異議を述べたことはなかった。
7 昭和三〇年前後には、附近一帯について区画整理が完了し、被告の使用土地は、二三坪(七六・〇三平方米)から現在の七坪(二三・一四平方米)に縮少された。
8 昭和三七年一二月、被告が同年分の賃料として前年同額の二、〇〇〇円を原告方に持参したところ、始めて原告からその受領を拒絶されたので、被告はこれを供託した(以上のうち供託の事実は、当事者間に争いなし。)。
9 原告は、昭和三八年九月二一日被告に到達した書面で本件土地の明渡を求めるまで、被告に対し、正式に本件建物を収去し本件土地を明渡すことを求めたことはなかった。
以上の事実が認められる。
(二)1 証人望月作平は、被告に対し本件土地の使用を認めたのは、あくまで一時的なものである旨証言しているが、右証言部分は、前記(一)6および9認定の事実と被告が本件建物を建築して以来前記(一)8認定の原告が賃料の受領を拒絶するまでの間に十数年の年月を経過していることとを考え併せると、直ちにその言葉どおり受取ることはできない。
2 また、証人望月作平の被告から賃料を受取ったことはない旨の証言部分および原告本人尋問の結果中地代を受取ったことはない旨の供述部分は、当裁判所は、採用しない。
3 その他前記(一)認定の事実に反する証拠はない。
(三) 前記(一)認定の諸事実を綜合して、当裁判所は、被告は、その主張のころ、訴外望月作平から二三坪(七六・〇三平方米)の土地を、普通建物所有の目的で期間を定めず、賃料は年末払の約定で転借し、原告は、昭和二二年ころ、訴外望月作平から原告の賃借地の賃借権を譲受けると同時に、右二三坪(七六・〇三平方米)の土地の転貸人としての同訴外人の地位を承継し、被告もこれを承諾して、爾後、右転貸借関係は、原、被告間に存続するに至った、その後右二三坪(七六・〇三平方米)は本件土地の範囲に縮少され、転借料は、昭和三六年以降は年間二、〇〇〇円に改訂されたものと判断する。
(四) ところで、原告の本訴請求は、本件土地に対する賃借権を保全するため、賃貸人たる訴外伊藤俊之輔に代位し、その所有権に基づいて被告に対し本件土地の明渡しおよび不法占有による損害の賠償を求めるものであるが、被告の本件土地の占有は、右認定のように原告自身が被告に本件土地を転貸していることによるものであるから、かかる場合、原告は、少くとも、被告に対し本件土地の明渡および損害賠償を求める関係においては、自己の賃借権を理由に賃貸人に代位してその所有権を主張することは、許されないものといわなければならない。
結局、被告の抗弁は、理由がある。
三 以上により、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢口洪一)